あなたはわたしの受けるそしりと、 恥と、はずかしめとを知っておられます。 わたしのあだは皆あなたの前にあります。
信仰の導き手であり、またその完成者であるイエスを仰ぎ見つつ、走ろうではないか。彼は、自分の前におかれている喜びのゆえに、恥をもいとわないで十字架を忍び、神の御座の右に座するに至ったのである。
ののしられても、ののしりかえさず、苦しめられても、おびやかすことをせず、正しいさばきをするかたに、いっさいをゆだねておられた。
彼は侮られて人に捨てられ、 悲しみの人で、病を知っていた。 また顔をおおって忌みきらわれる者のように、 彼は侮られた。われわれも彼を尊ばなかった。
イエスは答えられた、「わたしは、悪霊に取りつかれているのではなくて、わたしの父を重んじているのだが、あなたがたはわたしを軽んじている。
主よ、わたしのすべての願いはあなたに知られ、 わたしの嘆きはあなたに隠れることはありません。
彼らの口には真実がなく、彼らの心には滅びがあり、 そののどは開いた墓、 その舌はへつらいを言うのです。